2015/07/10

『東海道四谷怪談』6/24昼 3 出来る女。お槙さーん

お槙役の木村靖司さん、出すぎず地味すぎず、いい存在感でよかったのです。「シャーロック」でマイクロフトの吹き替えしてる方でしたか! 身のこなしもスッキリしてて、いかにもなクネクネ女形にせず、お梅ちゃんを思う気持ちは後妻のお弓以上だろうなと伝わ
りました。

岩を追い出した後、そこへ新婚だといって伊右衛門と梅の床を敷くの、お槙さんだけが難色を示してた。何も知らないお嬢様が心配、とかそんな感じでしょうか。暴走しがちな人たちのなかで、実の子ではないお梅を親身になって思っている冷静な人物です。
ギャー!って言ったのは、死ぬときくらい? しかし死に様はあっけなくコミカルでもあり。あーれーっと、川に落ちていってしまいました。

反対に落ち着いて欲しかったのは、お岩の妹・お袖役の陣内将さん。冒頭とラストにしかこの役がないため、ウッチーらがつくる世界にすんなり戻るのは難しいのは分かるけれど、ちょっと浮いてしまいました。なんだろうか、現代っ子らしく背がひょろりと高い(首も長い)せいかなぁ 着物もまだ着こなせてなくて。

そうそう、伊右衛門が好きで病気になりかけたお梅ちゃんね、もう出オチ状態の有薗芳記さん。オカシイんだけど、可愛い! あい・・。とか言っちゃって、小柄なのは良かったが、顔がでかい。伊右衛門は顔については何も言ってなかったなぁ お金がいっぱいあるのと、仕官が出来るってことで十分のようだ。ってことでいいのかしら。

伊藤の父、小野武彦さん。ほのぼの感がただよう、孫バカじいちゃん。でもやることはひどい。伊右衛門の前で、小銭が錆びたのを洗うのがじじいの仕事でねぇとか言う。小野さんだからほのぼのに見えるけど、嫌なじいさんだよ。銭って洗うのか・・・ふーん。

舞台。
チャレンジしてました。天井も奥行きも贅沢な中劇場において、セット的なものはほぼなし。白い布を床に敷き、それが室内だったり、野外だったり。背景にも白い布

奥に大事な蚊帳が吊るされ、お岩が血を流しながら身支度する鏡台、行灯がある程度。
でも、客の頭のなかにはボロ屋にちがいない伊右衛門宅と、羽振りの良い伊藤家の邸宅は、大きさも豪華さもまったく違うものとして浮かんでました。不思議なものです。

伊藤家の父と娘を幻覚で切り殺してしまった伊右衛門が逃げているとある日、川沿いで魚釣りしてる・・・ なんか伊右衛門さんはデカイ魚を、おっとっとー、楽しそうに釣り上げてました。
めげない男です。

舞台の前方を落として、川の流れに見立てます。自分の名をでかでかと書いた卒塔婆をこれ見よがしに立てる、伊右衛門とその母。お弓も邪魔、ともちろん川に突き落とす。ひどい。全く罪の意識はないらしい。

あ、伊右衛門の母も事情があって息子と離れてたけど、うっかり再会したんですね。しかも高野のゆかりの屋敷で働いて、何かあれば息子をよこしなさいという手紙までもらってる。伊右衛門、二度目の仕官のチャーンスチャンスなのに、悪事の手助けした秋山の口止めのための担保に渡してしまう・・・ どこまでもその場しのぎの男!

黒子。
歌舞伎みたいに黒子がいるのです。お岩が見せる蛇の幻とか、血のりとか、ネズミの大群、などなどを担当です。
最初はおやネズミ(赤目、巨大なドブネズミらしい)と悠長に見ていたものの、最後に伊右衛門の体に飛びついて殺してしまう・・・・おおお。

夢の場
という場面。現在と過去が入り混じる、夢のような場面。美しいお岩と伊右衛門がであって恋に落ちた瞬間が描かれます。ただ、そなたはお岩に(似ている)と伊右衛門が気づいていくと、ぐははーっと美しい顔が崩れたお岩に変わってしまいます。

舞台が一度真っ暗になり、舞台全体を覆うスクリーンが舞台の前まで出てきます。そして、スクリーンの中央あたりの板(戸板サイズ)が一枚ずつ外れると、暗闇のなかに空いた分だけがくっきり白く明るく抜かれ、さらに一枚、一枚と外されていき、細い通路のような空間が闇の中に浮かぶ。横長の明るい空間が中空に出現です。

映画みたいにキレイでした。2人ともキレイな衣装で、まだ心が通じてたと思ってた頃ね・・

伊藤のものを伊右衛門に殺させ、最後に伊右衛門自身を追い詰めていくお岩さん。
この段になると、哀れという気持ちはやや遠くなり、どっちもどっちかもしれない・・・(ひどい!)気持ちに。
当時のひとはどっちが悪いとか可愛そうっていうより、面白さを重視したのかしら等。

森演出としても、伊右衛門だけが悪いともしておらず、ただ起こっていくことを見せるにとどめ、善悪より人間をみつめます。
怒りや哀しみのあまり怨霊となる(演出を見ている分には「怨霊」というものではなく、伊右衛門の心にうつる岩の姿、というほうがしっくり来る。ここは現代的かなと思う)お岩が、芝居の後半ずーっと伊右衛門を追い詰めていくそのエネルギーのもとは何だろうって、不思議でした。

あれほど体裁とか武家の娘であることを大事にしていたけれど、芯のところでは<伊右衛門に守ってもらえず見捨てられた>というところが、大きかったのだろうかと思います。

キレイにまとめる一歩前、因果応報というか、身から出たさび、という感じで死ぬ伊右衛門。反省など僅かにもせず、ただ生き延びることだけが目的の男の最期だったな。
自己を省みない、というところも現代人の私には十分新鮮な人物でした。

おまけの不可思議。
伊右衛門が死んだとき、お岩が絶叫するのですけれど、私が見た回では客席から笑いが起こるという大惨事・・・な、なぜ! もう、哀しみと目標達成してしまった行き場のないお岩の苦しい叫びだったと思うのです。せつないけれど、笑う気持ちになどなれなくってよ!

ほかにも、どこって思い出せないのですが、お岩のシリアスな場面とかでも笑いが起こっており、平日マチネの不思議? 年配の方が多い客席でしたが、人性達観すると笑うのでしょうか? いや、達観じゃなくて見誤っている、としか思えないな。
ところどころ、ユーモアを入れた演出でしたが、それは笑いすぎだろう、と思った次第です。他の日に観た方は、笑うべきとこ以外では笑いはなかったとのことなので、真剣に見てない人が多かったのかも。うぐぐぐ。

あと、観劇マナー。
私の席の隣に、親娘らしき2人が並んでました。開演前、楽しそうに会話してました。別にいいです。開演後も、引き続きお茶の間のように会話「うちのさんよ!」「あらー、殺しちゃった」などと話しまくる。うぐぐぐ。ありえません! ありませんよ!
このままでは私の観劇タイムが侵害されるので、話さないよう伝えましたが。
気の弱い方だと言えないかもですよね・・・・
(私も気が強いわけじゃないが、お金出して来てる場面では言います。帽子被ってる人とか、足癖の悪いひととか、前のめりとか)

0 件のコメント:

コメントを投稿