2020/12/31

『オトコ・フタリ』12/21夜、12/22昼 浦井くんはフレッシュな青年から大人へ

 あと4公演というとこで、浦井くんの喉の調子が悪いという情報が。心配。

とりあえず公演続行なので例のコロナではないのはひとつホッとしましたが、残り4公演をどうか無事に出来ますようにと祈るばかりでした。

Twitterでチェックしてると、劇場の皆さんからは歌い方を変えて、知寿さんや祐一郎さんがカバーして何とかできた様子。浦井くん、喉はあまり強くないのかもね。お大事に。

浦井くん。
ベテランの前では、青年でした。意識して青い若者らしさを出していたのでしょうけれど、祐一郎さんとお芝居するの楽しいなーと顔に書いてあるような気がして。あと脚本的に子供っぽさを残してるので、ラストの編集者になったときの落ち着きとの差が良かったです。

義理の母が父の死後に自分の前から消えてしまい、彼女が好きな冬馬くんは「禅定寺恭一郎のところへ行く」の置手紙を頼りに乗り込んできます。なんとまぁ、まっすぐな。
訪ねて来ても、待たせてもらうなんて言えませんよね・・・

登場時のずうずうしい感じも、きっと由利子さんを見つけたくて必死なのねと納得してしまうし。恭一郎さんにもし由利子さんがうちに居たとしてどうするのと聞かれ、力づくでも連れて帰る、と言ったあたりに、子供ー!!となるんですけど、恭一郎さんそこは突っ込まず静観でした。

姻族関係終了届があったなら、完全にサヨウナラの去り方したのに、連れて帰るってすごい自信家です。

父の浮気で両親は離婚、自分は父の元に残り母は結婚してた妹のところへ行った。これで愛を信じているってすごいんですが、その相手が父の再婚相手ってあたりに若干の闇を感じます。

意地悪く見ると、父親に仕返ししたいとか? と思えるけれど、そこは浦井くんの天然ピュアさが一掃です。本当のところは分からないけど、恭一郎さんも好子さんも義母を好きになったことを屈折したものとは結びつけてないように感じました。

2幕の寝室の場面での、恭一郎さんと好子さんの両方を心配する冬馬くんが、ホントに素直で誠実なんだねとじんわりしちゃった。好子さんは放心してて鬼気せまるものがあり、恭一郎さんは来るべき日が来たって受け止めて、冬馬くんは心配でいっぱいの顔。

祐一郎さんと知寿さんのお芝居って、聞こえやすい発声と意味のある体の動かし方なので、いわゆる「お芝居してる」感じが浦井くんに比べると強いのですが、芝居がかってると言えるのに、むしろ人間らしさ、自然な感情の流れを伝えてくるのが不思議。

普通の人が話すように舞台上で話したとして、伝わるのか問題ですね。映画も様式美が強い芝居でも、胸に突き刺さる作品にもなるし、お芝居の奥深さというか演技に完璧がないってこういうことなのかしらと思ったり。

それから、冬馬くんと言えば歌。自分の気持ちを伝えるのに「歌います!」
ボーナスポイントなのかしら・・・ありがとうございました。

上手に歌わないのも大変そうです。

歌ったのは中島みゆき『糸』、米津玄師『Lemon』は知寿さんと。
恭一郎さんを大いなる愛に誘ったかもしれないのが、ベートーベン『ミサ・ソレムニス』(第三楽章)

糸は、3人の関係性に見立てたもの、と最後まで見ると良く分かります。Lemonは好子さんの心ですね。
どちらも名曲ですけど、Lemonはあまり歌詞を考えて聞いたことがなかったので今回じっくり歌詞も読みました。キュン。

ミサ・ソレムニスは帰宅してから2枚CDを聴いてみて、厳粛さと明るさのある宗教曲という印象です。祐一郎さんの大きさにはよく合うスケールかも。聴けば聴くほど良さが出てくる曲でした。

ちなみに気に入ったのはカラヤン指揮/ベルリンフィル/1985年録音のもの。品格ありました。

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