2021/05/21

『モーツァルト!』札幌公演5/14-5/17 初日と猊下

 4日間5公演@札幌文化芸術劇場hitaru

私が見たのは、5/14夜、5/15昼、5/16昼、5/17昼の4公演(5/15の夜は見ませんでした)

東京都の緊急事態宣言のため、4月28日(水)~5月6日(木)まで帝国劇場では公演中止。

そして北海道。初日の前日13は北海道のコロナ感染者が712人、14日には北海道に緊急事態宣言が出そうだと午前に報道。

数字の急増と劇場も閉鎖かもという状況で初日を迎えました。

私語厳禁にしてほしいと思っていたけれど劇場では「大声で話さないでください」程度で会話も多く、規制退場も全く出来ず出口へ一気に客が押し寄せ、二日目以降が上演できるかも不安、館内の状況も不安、と泣きそう。

客席も何だか楽しいわくわくの初日の緊張というよりは、もしやこれで見納めかも、という緊張感があった気がします(私はそうでした)

初日5/14

ヴォルフガング/山崎育三郎
ヴァルトシュテッテン男爵夫人/香寿たつき
アマデ/鶴岡蘭楠

初日は緊張感を感じる育三郎ながら、冒頭の赤いコートのシーンの可愛さが印象深い。10代の少年らしさがキラキラしているものの、やはり何処か硬いような?

客席もドキドキして見守っていたところで、

何処だ、モーツァルト!♪ 祐一郎コロレド猊下が元気溌剌、

シェフのコースメニュウを~ チェック!!!する

どこだっ、モー――――ツァー―――――ルト!!

きゃーーーー!! 祐一郎さまーーーー!!!

もやもやを祐一郎の力強き美声バスーカが吹き飛ばし、はじけ飛んだ。するとふっきれたみたいに育も元気が増して弾け始めたのでした。

祐一郎の声は祝福か さすがです。ほんとに。

そしてあまりの素敵さに気絶しそう。頑張って精神を保ちました。わたし、いま、祐一郎さまと札幌にいるのね! 奇跡!

祐一郎は見目麗しくお声もびりびりどんどん伸びて、劇場にいる全員をなぎ倒したと思う。

舞台奥から進み出てくる大きさ、気品のある動き、目の動きや静と動の使い分け、すべて最高なのです。動きに無駄がない(ないのに、静止したまま歌えないっていうのが可愛くで萌える。1幕2幕のラストはヴォルフを囲んで関係者たちが背景みたいに動かないまま歌いますが、祐一郎は手が時々少し動いちゃうんだよねー。ふふー)

馬車シーン(神が私に委ねたもの♪)では、阿部アルコ伯爵とお出かけ。赤いリボンで御髪はひとつに。でこぼこ道を行くので時々転がりそうになっていますが、馬に水をやるための停止時は、猊下は向いのアルコ伯爵にのしかかる寸前。じっと見つめて数秒、なんだよう!って感じで猊下がペシっと叩く。

下車した後は腰を伸び伸びさせる猊下。軽やかに馬車に戻るし、どっしりした感じは変わらないのに、軽快でさえあって、はぁどうしてなの祐一郎素敵(だって素敵なんだもの。と、この調子で祐一郎を見つめておりました)

あとこのシーンの猊下は赤に金の刺繍のコートをお召しです。ヴォルフがマリア・テレジアから与えられたもの、それからパパに取り上げられたコートと同じ意匠。コロレドにとってはいくつもある服のひとつという事実がツライ。身分制度め。

僕はウィーンに残る♪ 乱入です!
お姉さまたちとよろしくやってる猊下、ヴォルフの乱入にも慌てず。お姉さまにガウンを着せてもらうため、両手を後ろにすっと出したまま対応してるのが好きです!

毎回(DVDで初めてこの時ヴォルフが何をしているかちゃんと確認したくらい毎回)猊下しか見ていないのを反省していて、ヴォルフのことも目の端に入れるように頑張りまいた。お屋敷で従者やメイドさんたち相手に暴れてたな・・・

ガウンを着終えた猊下、ピアノセットの上段上手へ移動し、ヴォルフにいろいろ言う。

お前ほど不愉快なしもべは見たことがない目障りな役立たずめ!

ヒューヒュー!!(心の中)息継ぎしないで言うのですが、ぜんぜん頑張ってる感がない。肺活量に拍手。

二度とかかわりをもつことはないだろう。
ということで、ヴォルフを追い出す猊下。でもこの先も猊下は何度もヴォルフを呼び戻そうとしたり、恩赦を与えると言ったりと執着が続きます。音楽の魔術。

追い出してすっと帰っていく猊下の優美な後ろ姿をいつまでも追いかけて見てしまうので、舞台センターあたりで、いや始まりだ・・・!と希望に胸を膨らませるヴォルフをあまり見られないです。猊下はこの場では怒るけど追い出したら忘れたよって顔して去っていくのが立場の差を見せつけていて、キイっってなります。

コロレド大司教の存在が大きいほど、ヴォルフの大変さが浮き彫りになるし、奴隷(貴族をパトロンにしたりする)ではなく一人の人間、芸術家として世に出たいという希望の新しさも分かるシーン。

歌劇「皇帝ティトの慈悲」序曲♪から、神よ、何故許される♪

完全無欠だ… セリフはずっと同じなのに、この場面での猊下の怒りの原因が前より分かりやすい。猊下はヴォルフの音楽の才能は神から与えられたものと考えるのに、レオポルトがナンネールの息子(彼の孫)を自分が育てるから天才だ、と答えるから

ずっと猊下は「猿でも調教できる」と歌ってました。なのに今まで私は、ヴォルフガングのふるまいを正す方面の意味で受け取っていたようです。猿でも出来るのにヴォルフガングは調教できぬ、と。違ったわ、やっと理解しましたよ猊下!

天才は人間などには作れないし、自分を侮辱する愚かな男であっても、音楽の天才がこれ以上ないほどに進化した。あのようなふるまいをする男に神の摂理すら敗北したのだろうか? 自分を侮辱する=神を侮辱することなのに(素晴らしい音楽を作り出すのは)何故だ。何故、神は許されるのか?(コロレド混乱!)

ということですね?? ね?

ずっとどうして違う意味で捉えてたかというのは、たぶんコロレドは自分を侮辱することに怒って神様ひどい、と怒ってるのだと思っていたんだと思います。そうじゃなくて、猊下は神の代理だからこそ、何故?と叫んでらっしゃったのですね・・・

肌感覚レベルでは、教会、大司教、音楽の位置づけっていうのは、なかなか分からないもので。音楽とは神を称える、神の摂理を解き明かし理解するためのものという視点が私にはなかったのでした。

ラジオで教会音楽を紹介していたときに、そんなことを話しているのを聴いて、それならコロレド猊下が脳みそ収集したり音楽家を抱えるのも、「自分の趣味」程度の話じゃなくて、神とのかかわりの話でしたか・・・と考え直したというわけです。そして、そのほうが猊下がヴォルフにいう言葉の意味が繋がることに気づいたのだった。ずいぶん時間かかっちゃった。

それにしても、レオポルトが新たな奇跡の子を見せると言ったときの、キラキラの表情といい、そこから孫と知った後の苦虫を噛んだかのような怒りの表情の変化が最高にいい。私もここのレオポルトは何という哀れな愚か者、という気持ちになりますけど、猊下には敵わないや。

胸の前でワナワナしてる両手がポイントです。猊下はこういう時のしぐさが非常に可愛いので困ります(へへ、困りませんよ、可愛いから)

階段の中段からレオポルトを追い出す猊下。旧演出ではシンプルにピンスポで歌ってましたねー。新演出でもラストは近い雰囲気ですが、孤高の雰囲気は少し薄まったかな。その代わり、ずっと高い位置にいたのに猊下が初めて下界に降りてきて舞台の上にあるヴォルフの楽譜を見上げる構図になり、ヴォルフの音楽がそれほどの高みへと来たことも分かります。小池修一郎いい仕事した。

破滅への道♪ 早く収録してほしいです。いい曲。

この曲が追加されたことで、コロレド猊下の作品全体を通してラストまでの威圧感が増したうえに、人物としての表現も厚みがでました。

芸術を(価値をどこに求めるかはヴォルフと全く反対でありながら)誰よりもヴォルフの音楽を評価しており、訳詞を聴いている限りではそれゆえに愛してさえいるのでは?と思わずにはいられないほど。

シンプルにオケピの上に伸ばされた2本の橋をヴォルフと猊下が歩き、同じメロディを反対の意見を言い交しながら熱く歌うー! いいーーー!! 目の前に猊下が来たぁぁー! 美しすぎてくらくらしちゃう。

お前の音楽を理解できるのは私だけ、のような歌詞がありましたよね。それはもう愛の告白みたいなものー。私だけがお前を導ける、とか。

猊下がヴォルフの腕を掴んで説得しようとするのを、振り払うヴォルフ。あー、演出的に確信犯ですよね。これは歪んでるけど愛なんだ・・・

神の摂理研究に余念がない猊下、しかし詰まるところ猊下は猊下の「神の摂理」という欲、そしてヴォルフを支配下に置くことで立場を誇示したいという欲があります。

馬車の御不浄シーンがなくなって短縮されたときは悲しかったけれど、この曲があれば納得。あれだけ袖にされ続けても許す、チャンスをやろう、などと非常にヴォルフにご執心なのがねー、それだけ稀有な才能だというヴォルフの価値が高まっていくのが素晴らしい。

そしてそのことが、ヴォルフガングを追いつめていくという苦しみ。台本にも音楽にも隙が全く無い。

そうそう、育ヴォルフはいい声でガッツガッツと祐一郎猊下と四つ相撲で、すさまじかったです。一歩もあとに引かないし、五分五分で自分の主張である、貴族の奴隷になって作曲をすることが自分にとって破滅への道だ、をぶつけてます。

祐一郎さまも気持ちよいんじゃないかしら。涼風シシィとデュエットしてる時くらい歌えてます。さぁ早く収録するのです。

モーツァルト!モーツァルト!♪

祐一郎さまがどうしてあんな風に歩けるのか不思議。肩が上下に動きませんよね、体幹なのかな。
世間のしがらみがヴォルフガングを追いつめていく場面、猊下は猊下の主張をして去っていくのですけど、アマデちゃんの頭の上の空間をふわっと撫でていくのが…旧演出でもしていただろうか? 記憶にない。

しっかり見て去っていくので、意図的な動きですよね。評価の物差しはヴォルフガングとは全く違うが、音楽の泉のもと、ヴォルフの心のなかの無垢で純粋に音楽と向き合っている部分を見つけているってことです。猊下、すごい理解者だけど決定的に求めるものがヴォルフと違う。

ラストの音楽の泉、影を逃れて♪

1幕のラスト同様、みな影として動きのないフォーメーションを作って直立不動で歌うのですが、祐一郎だけ時々両手をふるふると動きます。とても可愛いです。
(祐一郎さまは腕を動かすと良い感じで歌えるの☆)

腕の動きを最小限にして猊下も歌います。背後のセット上にはすべてをやり遂げたヴォルフとアマデが登場しコーラスに最後の叫び声を入れると、何だか猊下も満足げな表情に思えてきます。

やや顔を上げながら歌う祐一郎、どの角度から見ても美しいのですが、ライトを目に受けて眩しそうにも見えるけど、眩しそうな目も美しいのでした。祐一郎さまは最高なので仕方ありません。

祐一郎を見るためにM!を見てきたので、長い間作品鑑賞の目が偏っていたことは否めません… ですが、今回の育ヴォルフ、古川ヴォルフらと新演出のつくるものが、作品自体へ私を深く没入させてくれました。新曲がいい場面でいいメロディで効果的に入ったのも評価しています。ありがとう!

札幌公演ができるのか、果たして私は観劇してもいいのか、前日までもやもやと考えてしまっていましたが、幕が上がったらすべて彼方に飛んでいきました。私が怖いと思うように、スタッフさんや俳優さんたちだって怖さと隣り合わせのはずで、ですが、不安なところを見せず、素晴らしいものを作ってくれました。

困難な状況のなか来てくれたことに感謝しています。

祐一郎は海産物は食べなかったのかな、でも何か美味しいものを食べてたらいいなぁ


2020/12/31

2020観劇まとめ

 まとめる程見てません。払い戻しになったのは、WSSと芳雄くんのラジオ番組主催のコンサート(浦井くんがゲスト予定)の2つでした。

1月  『ダンス・オブ・ヴァンパイア』@梅田芸術劇場
2月  『天保十二年のシェイクスピア』@日生劇場
    『CHESS THE MUSICAL』@東京国際フォーラムC
※5月 ウエスト・サイド・ストーリー公演中止のため払い戻し
10月 『リチャード二世』@新国立劇場
    『ローマの休日』@帝国劇場
12月 『オトコ・フタリ』

以上6作品。この状況にしては見れたような気もします。TDV今年だったんですよね、何だか信じられない。この時もマスクして移動しましたが、ここまでになるなんて想像できませんでした。

他、配信がいくつか。

6月  浦井健治のDressing Room Live at Streaming(2公演)
7月  中川晃教コンサート2020
         feat.ミュージカル『チェーザレ 破壊の創造者』
    MonSTARSの密会 危険な3人~近づくな!
    SHOW-ISMS(マトリョーシカ)
8月  SHOW-ISMS(特別追加公演)
    MUSICAL JERSEY BOYS IN CONCERT
    THE MUSICAL CONCERT at IMPERIAL THEATRE(2公演)
    中川晃教 Live Music Studio
    THE MUSICAL BOX Welcome to my home Cプログラム(ホリプロ)
    My Story 素敵な仲間たち(4公演)
9月  井上芳雄&中川晃教 僕らこそミュージック
11月 浦井健治TALK EVENT(第一部、第二部)
    花組東京宝塚劇場公演『はいからさんが通る』千秋楽
    ミュージカル『NINE』
12月 ホリプロミュージカル・コンサート(昼・夜公演)
    新妻聖子クリスマス 配信ライブ
    
中川晃教×加藤和樹×海蔵亮太~時代を超えたJAPANスタンダード
         「僕たちの冒険!LOVE SONGSを探して!」


カメラワークが上手だったり、出演者が配信であることを重視して制作したものは、配信ならではの楽しさもありました。

配信はあくまでも配信で、演劇とは客と演者が一緒に作る瞬間のアートだと思うので、配信は行けない場合にやむを得ずですが、それでも、主催側がロックダウンののちに夏あたり時間もないなかで奮闘して配信にこぎつけたケースもたくさんあり、感謝です。ありがとうございました。

来年もどうなるか見通せない状況です。
良い方向に向かっていることを祈っています。

祐一郎さま、M!で来道するのを待ってますー!!

『オトコ・フタリ』12/21夜、12/22昼 浦井くんはフレッシュな青年から大人へ

 あと4公演というとこで、浦井くんの喉の調子が悪いという情報が。心配。

とりあえず公演続行なので例のコロナではないのはひとつホッとしましたが、残り4公演をどうか無事に出来ますようにと祈るばかりでした。

Twitterでチェックしてると、劇場の皆さんからは歌い方を変えて、知寿さんや祐一郎さんがカバーして何とかできた様子。浦井くん、喉はあまり強くないのかもね。お大事に。

浦井くん。
ベテランの前では、青年でした。意識して青い若者らしさを出していたのでしょうけれど、祐一郎さんとお芝居するの楽しいなーと顔に書いてあるような気がして。あと脚本的に子供っぽさを残してるので、ラストの編集者になったときの落ち着きとの差が良かったです。

義理の母が父の死後に自分の前から消えてしまい、彼女が好きな冬馬くんは「禅定寺恭一郎のところへ行く」の置手紙を頼りに乗り込んできます。なんとまぁ、まっすぐな。
訪ねて来ても、待たせてもらうなんて言えませんよね・・・

登場時のずうずうしい感じも、きっと由利子さんを見つけたくて必死なのねと納得してしまうし。恭一郎さんにもし由利子さんがうちに居たとしてどうするのと聞かれ、力づくでも連れて帰る、と言ったあたりに、子供ー!!となるんですけど、恭一郎さんそこは突っ込まず静観でした。

姻族関係終了届があったなら、完全にサヨウナラの去り方したのに、連れて帰るってすごい自信家です。

父の浮気で両親は離婚、自分は父の元に残り母は結婚してた妹のところへ行った。これで愛を信じているってすごいんですが、その相手が父の再婚相手ってあたりに若干の闇を感じます。

意地悪く見ると、父親に仕返ししたいとか? と思えるけれど、そこは浦井くんの天然ピュアさが一掃です。本当のところは分からないけど、恭一郎さんも好子さんも義母を好きになったことを屈折したものとは結びつけてないように感じました。

2幕の寝室の場面での、恭一郎さんと好子さんの両方を心配する冬馬くんが、ホントに素直で誠実なんだねとじんわりしちゃった。好子さんは放心してて鬼気せまるものがあり、恭一郎さんは来るべき日が来たって受け止めて、冬馬くんは心配でいっぱいの顔。

祐一郎さんと知寿さんのお芝居って、聞こえやすい発声と意味のある体の動かし方なので、いわゆる「お芝居してる」感じが浦井くんに比べると強いのですが、芝居がかってると言えるのに、むしろ人間らしさ、自然な感情の流れを伝えてくるのが不思議。

普通の人が話すように舞台上で話したとして、伝わるのか問題ですね。映画も様式美が強い芝居でも、胸に突き刺さる作品にもなるし、お芝居の奥深さというか演技に完璧がないってこういうことなのかしらと思ったり。

それから、冬馬くんと言えば歌。自分の気持ちを伝えるのに「歌います!」
ボーナスポイントなのかしら・・・ありがとうございました。

上手に歌わないのも大変そうです。

歌ったのは中島みゆき『糸』、米津玄師『Lemon』は知寿さんと。
恭一郎さんを大いなる愛に誘ったかもしれないのが、ベートーベン『ミサ・ソレムニス』(第三楽章)

糸は、3人の関係性に見立てたもの、と最後まで見ると良く分かります。Lemonは好子さんの心ですね。
どちらも名曲ですけど、Lemonはあまり歌詞を考えて聞いたことがなかったので今回じっくり歌詞も読みました。キュン。

ミサ・ソレムニスは帰宅してから2枚CDを聴いてみて、厳粛さと明るさのある宗教曲という印象です。祐一郎さんの大きさにはよく合うスケールかも。聴けば聴くほど良さが出てくる曲でした。

ちなみに気に入ったのはカラヤン指揮/ベルリンフィル/1985年録音のもの。品格ありました。

『オトコ・フタリ』12/21夜、12/22昼 祐一郎さま、知寿さん最高

 脚本と演出に若干の不満が残ったものの、山口祐一郎さま、保坂知寿さま、浦井健治くん。声の出演の大塚千弘ちゃん。

はぁ みんな素敵すぎて、不満もいくつか思いつくものの、まぁいいかこれはお祭りだから、となります。そして3人とも品があります。年末にほっこりする小品。

祐一郎さま。
現代のリラックスした衣装、シンプルな白シャツ、ロングカーデ、素足にクロックス(かな?) 腕まくりした腕、長い脚、全部素敵すぎて鼻血出ます。

衣装は前田文子さん。いい仕事です。こんなにシンプルな衣装の祐一郎さんは私初めてみたかも。ボロいバルジャンっていうのはあったけど、現代の人でシンプルって初かな。本体が完璧だと何でも着こなしてしまうんだな・・・

視線の使いかた、声の出し方、いい方。すっごく高度な使い分け。
何気ない動きも全部考えられていて、冬馬くんが話すときは邪魔しないとか、自分の場面のときはしっかりメリハリつけるとか、浦井くんもいろいろ話してくれてますが、レジェンドだなぁと新ためて。

ミュージカルの時って、祐一郎さまは歌声の素晴らしさや恵まれた体格に先に目が行ってしまうけれど、ストプレになると演劇の技量も高いのね・・・と。今さら、今ごろ感銘を受けました。すごい人だなと思います。

色んな声が使われて、耳が幸福で満たされました。
1幕では自分本位の大人の男性、といういかにもな雰囲気なのが、好子さん相手にはくだけた感じで話すところとか、冬馬くんをからかうのを楽しくなってるな、とか。深入りしたくないはずなのに、つい気になってしまうところとか、画伯、可愛い。

絵筆を動かしてる腕や背中が美しい。上着の裾が揺れるのが素敵、冬馬くんの青い発言にフン、と長い脚を組み替えるのも、愛の絵が描けないーとカウチでジタバタするのも。シェリーの杯やマグカップを持つ手も。
ぜんぶ素敵すぎて死にそうっていうか、寿命伸びたていうか。

それから、中島みゆき『糸』を小声でささやくように歌いながら愛の絵に取り掛かる場面。ささやいても上手かった。ブレません。上手く歌ってないのに上手かった。

何もかも良かった。

知寿さん。
祐一郎さんもすごい女優さんだってお話してましたけど、間の取り方とか、相手との合わせ方がごくごく自然で、自然すぎて技巧を感じさせない巧みさが。

所作などもキレイだし、けっこう画伯にぐいぐい意見通していくのに、押しつけがましさより、貴女が言うなら聞いちゃうって思わせる可愛らしさがあるのよね。
仕事ができるんだろうなぁ、信頼されてるんだな、と。

で、実は好子さんの秘密は恭一郎さんは知っていて、その上であの態度だったという展開となり、先生を転がしてそうな好子さんは、先生の掌の上だったと分かります。

1幕でも、恭一郎さんと好子さんは距離を保ちつつ、良い関係に思えた分、それは互いに言わないでいた心のうちを隠しつつの関係と分かってからは、余計に適切な距離感でいた時が輝いて見えました。良い面で付き合ってきた、っていう感じでしょうか。

その点、恭一郎さんの心情って実のところちょっと見えにくいところがあったかも。言語かしないあたりに、画家らしさを思ったりしました。聞いてみたかったですけどね。

一度自分で飲み込んで、しかも絵に表現して、それを客観視するくらいの時間の経過がないと、言葉にしない人なのかなと思いました。

『オトコ・フタリ』12/21夜、12/22昼 脚本と演出について

 @シアタークリエ

禅定寺恭一郎/山口祐一郎
中村好子/保坂知寿
須藤冬馬/浦井健治
須藤由利子/大塚千弘

脚本/田渕久美子 演出/山田和也

コロナで不要不急の外出自粛を言われていたなかの遠征でした。ぐっと観劇をこらえてらっしゃる方もたくさんいたと思います。最も良い選択は遠征中止と理解はしていても、誰とも会わず黙って移動するだけならリスクは抑えらえるのでは? 悩みました(何を言ってもいい訳じみてしまいますけれど) 

夫とも相談して外食しない、お店で買い物しない、劇場と、劇場から徒歩圏内に取ったホテルの移動のみにして行くことに。

一番の決め手は、遠征1週間前くらいに東京都の状況が悪化し、これはもう無理かと思ったらオイオイ泣けてしまって、泣くほどツライのかと驚いた。自分にとっては行ったほうが元気になれると思ったのでした。

そんな感じで行きました、『オトコ・フタリ』

途中、2幕モノを1幕構成にして・・・という話も聞こえてきていましたが、上演時には2幕に戻しています。

客席は8-9割埋まっていて、ガラガラではありません。

禅定寺画伯は国際的にも評価されている抽象画家、その家政婦の好子さん、突然やってきて同居することになる冬馬くん。

大きなテーマは「愛」についての3者の変化、ストーリーを動かすのは好子さんの秘められた部分。

10点満点で。
脚本5点演出6点俳優100万点

脚本
この時期に上演できたことだけで100点なのですが、俳優にそれほど肩入れせず「作品」として見に来たとしたら、中途半端感がぬぐえません。

けっこう前から執筆されていた気がするのですが、詰め切れてないよね? で、詰めてないところを全部俳優が埋めています。もしかしたら、田渕さんとしてもアテガキなので余白を多くとって脚本を書いたのかしら? んんー、にしても、もう少し締まった脚本であったら、さらに良かった。

恭一郎画伯の問題の根は、両親との関係性。恋多き人でありながら孤独な人だ、と好子さんは言います。どうしようもなく孤独であるから、女は放っておけないのだ、と。

『愛』がテーマの絵になかなか取り掛かれないのは、宇宙的規模のすべてを包むような圧倒的な光、愛、を見てしまったから、圧倒的すぎて自分の力では描けないと思っています。この圧倒的な愛のくだりの扱いが簡単すぎた。

好子さんと冬馬くんが去ったとき、画伯のなかに何かが起きて絵に取り掛かります。冬馬くんが日常に生きることすべても愛では?と訴えるところで別の視点に気づくのだけど、そこ、もう少し恭一郎さんの変化をじっくり見せて欲しかった。

好子さんの妹さんが母親と再会させてくれたことも、より意味が大きく育ったのですよね。村上春樹が描くような、主人公を見守って自分は愛をもられなくて去っていく彼女たちを思い出したわ。すごく悲しい彼女たち。

冬馬くんが言うことも愛のうちだって頭では知ってはいたでしょうが、共同生活のなかで冬馬くんや好子さんとやり取りする中で、恭一郎さんのなかで腑に落ちることがあったから、そうれもそうだ、という心境に至ったのですよね。

脚本の方向性はすごく伝わるけど、そこ、全部俳優さんにお任せしたわけよね???という不満。脚本だけ読んだら、都合いい展開じゃない?って思っちゃう。

それから、女性には敵わない的はセリフが恭一郎さんにあったこと。好子さんの妹さんがかなしみで亡くなったと思うと、簡単に言ってほしいセリフではなかったです。

それらが残念ポイントで5点・・・

いいところも。アテガキの効果がすごく大きい。

おモテになる芸術家、という設定、冬馬くんのまっすぐさ、ファンが見たいなぁという部分なので。どうしようもなく孤独、とか! そうそう、もし「祐一郎さま」がそうだったとしたら暖めてあげたいって思ってしまうものー! このあたりは単純にトキメキました。へへ。
好子さんは、愛憎複雑にからむ難しい役だけど、知寿さんが演じると嫌味っぽくなくて、憎んで愛した、が素直に受け取れてしまう、すごい。女性、こんなに聡明な人ばかりじゃないけど、好子さん素敵な女性でした。

いろいろ不満書いたけど、それでも劇場を出てひとりホテルに歩いていると、自分のなかの「愛」は何かしら?と考えてました。人と出会って人生に変化が起こることが、今はとても眩しく思え、素敵な話だった、という気持ちも残りました。

演出
山田さんこんなに暗転多用する人だったんです?と落ち着かなかった。あと1幕最後の階段から落ちる恭一郎さん人形が下品と思ったので6点。

暗転が多いのと、脚本の構成もあって、エピソードの羅列、スケッチ風になっていました。好みの問題かもしれませんが、ブツブツ途切れる感じで好きではなかったのです。

人形落ちてこなくても、音だけで恭一郎さんが落ちたのは100%分かります。いかにも人形な物体を階段から落として、ビックリするので笑ってしまったのだけど、直後に「死んだりしたらツライ。ってかケガでも笑った自分が恥ずかしい」という心境になり、居たたまれませんでした。余計な演出としか言いようがない。止めてほしかった。

他の演出でも肉体を軽んじたり痛めて笑いを取る作品なら、その一部として受け入れられるかもしれませんが、この作品は上品系よね? どうしたの山田さん。山田さんの演出は素直さがいい点だと思うので、ここだけ疑問。

そのほかは安定したレベル。寝室の襲われるところも流れは良かったし。祐一郎さまの全身の美しさを堪能できました。

あとはきっと稽古場が楽しかったろうな、と想像できてしまう三人のやりとりが楽しかったです。山田さんが、油断するとすぐ祐一郎さんがチャーミングになってしまって、と吐露されてた部分も客としては知ってる!仕方ない!で、そこ含めての人物像にしてるし、いやほんとに・・・人形ですごく損してます。

舞台装置は回り舞台でアトリエ、食堂、リビング、寝室を区切っている感じ。そこに階段が横についてたけど、クリエは奥行きありますよね? 画伯のお家の広がりが感じられないのは心残りかなー。木とキャンバスの白、恭一郎さんもモノトーン系の衣装なので、トーンも抑え気味なので、景色がシンプルでした。これは画伯の趣味なんですよね・・・
鳥のさえずりも聞こえてきたし、いいお庭もありそうな邸宅のはずなので、解放感が欲しかったけど、それも恭一郎さんの心象だったのかもしれません。