2004/12/25

イブの夜に江戸学

区民向けの「江戸学事始め」を受講してます。イブの夜も7時から9時まで。リタイアしたような年代の方が多いのですが、独り言とはいえないボリュームで話す・コツコツ机をずっと叩く・缶コーヒーをむふーっと言いながら飲む、などなど。皆様思い思いに受講していて賑やかです(時にはうるさいやい、とも思う)。
今回は江戸のリサイクル。ゴミ捨て場から出たものって面白そうでした。

そんな賑やかな講座をイブの夜に聴いた後、自宅近くの素敵な酒屋で買ったアップルシードをお供に、夕方作っておいたローストビーフ、マグロとアボカドのサラダを・・・ひとりで頂いてました。おお神よ! オットは残業しすぎて会社に泊まってしまいました。いかん、今日は誰ともおしゃべりしなかったですよ、がーん。

神様、そしてオットは貴方のお誕生日(おっと祖父の命日でもあった、いかんいかん)にダムを見に岩手に行ってしまいました・・・

2004/12/24

ハウル再び

また観て来ました。「ハウルの動く城」。うっかり日本語字幕付き(聴覚障害のある人向けだと思います)だったのですが、まぁそんなに気にならず。今回は、より原作を離れてこの作品を独立したものとして観るのが目標です。
友人kちゃんが、「ハウルはいい」と仰っておりましたので、そこらへんも確認したくて。

��::::::ネタバレあり::::::::

〇原作読みだと、ソフィーの物語とハウルの物語がそれぞれあり、という感触だったけど、改めて映画を観ると《ハウルの純情物語》だった。ハウル少年の満たされないココロを、いつか未来で救ってくれる少女を待ちつづけてる話。

〇だからハウルがソフィーを好きだというのは、運命だと思ってるからなんだねと合点承知。しかしソフィーはいつ「愛してる」なんて思うように? 空飛んだから? 緑のドロドロを出してるのをみてか? 私の不満はこのあたりにあるな。筋として《ソフィーがハウルを救う》ことが予定されているので、ソフィーがハウルを好きなるのも当然という流れがすでにあるとしか・・・

自分に自信がなくて地味な服を着た女の子が、恋をして素敵な女性になったんですか? でもあれは恋じゃなくて、母心でしょう。マルクルには母心でいいと思うけど、あーぁ、「愛してる」と言うならオトナの女になって欲しかったよ!

ハウルの髪色を(たぶん)もともとの色に無意識に戻し、弱さに向き合わせ、ココロを取り戻させました。で?ソフィーはどうなったの? ドレスが黄色になっても騙されないぞ。キスしても、全然「色」を感じない・・・ ハウルのコンパスみたいな黒パンツも全然セクシーじゃないしさぁ。オトナになれない少年と、少女ですらなさそうなお地味な子でもいいの。二人がそれぞれオトナになってくれさえすれば。それがソフィー側には足りないのが不満。

〇擬似家族の問題。ソフィーはオトナの女になる前に《産まない性=老人》《母親役&老人介護者》に。で、奥底には傷ついた少年を癒す記憶の中の少女であることが求められている。でもでも! 《オトナの女》はいないんですよ、家族に組み込まれた女の人は「女」じゃなくていいってことではないですか? 

「女」といえば欲深い女・荒地の魔女か、妹のレティーだけど、レティーも油断すると誰かと結婚してママにされちゃいそう。危ない危ない。「耳をすませば」のラストでもビックリ仰天(「雫!結婚してくれ」)しましたが、本当に宮崎監督は男女モノがダメダメすね。

〇Kちゃん、ハウルは確かにカッコいいかもしれない。荒地の魔女に手をだそうとか思ったりしたらしいけど、ソフィーを待ってたんならピュア(・・・)でよかろう。いきなり「魔王」って言葉はいかがなものかと思いますが。何で王なんだ。ダークサイドに魅入られそうなんですか? 魔法使いなのにあんまり魔法を使わないのね・・・ 変身しすぎて戻れなくなるのと、魔力が強いってのはちょっと別じゃないでしょうか。謎めいてるのぅ

〇ハウルが花咲く湿地をプレゼントする場面は良いなぁ。ソフィーは放っといて。ハウルの表情ったら、と胸がきゅうっとなるわ。あとはハウル初登場場面と、半ケツのハウルね。これら輝いているハウルと魔王になりかけのハウルとの差がどうやって生まれるのか分かりませんでしたが。

〇久石譲の音楽は哀しみも含んだような曲で、良かった。だからこそ本当に惜しい ソフィーが母親すぎるのが(こればかりで申し訳ないけど。

えー、何でしょうか。愛憎入り混じった感想。ジブリ作品のなかではホームランにはならなかったです。「愛する喜び」っていうコピーはズレてるだろう。監督の脳内では喜びあふれる場面もあったのかもしれませんが、映画にはあまり描ききれてなかったよ・・・

2004/12/04

上原彩子@NHKホール

��響@NHKホール 04/12/03

指揮 C.デュトワ
ピアノ 上原彩子

リムスキー・コルサコフ 序曲「ロシアの復活祭」作品36 
ストラヴィンスキー 交響曲 ハ調 
チャイコフスキー ピアノ交響曲第1番 作品23

「ロシアの復活祭」は華々しい曲で素直に聴いていたのですが、ストラヴィンスキーの曲はリズムが良く分からず、あれは、合っているのか、外れているのか(そんなことはないんだろうけど)? と、どこに集中すればいいのか探しているうちに、あれれと終了。現代に近づくとジャジャーン!という曲でなくなってしまうことが多いのか。私には乗り切れない曲でした。陶酔気分になるまでには至らず。

本日メインは上原彩子。朱色のドレスで颯爽と登場し、ものすごい勢いで鍵盤に指を走らせて演奏。早い、早い・・・
途中、これはミスタッチ?と思うところがあったけど、それを問題にする必要はなかったです。野心的な演奏だったと思います。どうよ!と言いたげな気合入りの背中も良かった~ もっともっと聴いていたかったです。

あぁこれがNHKホールじゃなければ・・・ 2階Lの壁間際で聴いたのですが、音がステージのあたりで止まっている感じがする。残響が大きいのも困るだろうけど、音がぐるっと駆け上って来なかったのです。残念無念。なぜかデュトワ氏の足音はよく聞こえたりして。2階でも中央だったら、良かったのかしら。

たんすの中・・・ 追加

11/5 11/8の記事について、Yahoo!知恵袋で質問された方への回答として、ココにリンクが貼ってありました。

その後分かったこともなどを整理しておきます。

「桐のたんすをあけると人と畑」を見つけたのは、『全国昔話集成 13 利根昔話集』
上野勇編/岩崎美術社。
タイトルは資料が手元にないので言明できないけど、うぐいす○○などという題名になっていたと思います。

他に、『ふしぎなやどや』にも小さい人が畑を耕す場面あり。絵本だと福音館書店のいのうえようすけさんのものに。
三娘子(さんじょうし)という宿屋の女主人が箱の中からだした小さな人形に水をかけると、小さな人になって、それらが畑に蕎麦の実をまき収穫する・・・というものがありました。ただ、たんすとはちょっと違います。
この元になっているものは、唐の時代に書かれた『幻異志』の「板橋三娘子(はんきょうさんじょうし)」

2004/12/03

健康診断結果

判定【E】精密検査を受けてください

どっきりして詳細をみると、「貧血です」とのこと。婦人科の検診受けてください、という但し書きつき。そりゃ朝ゴハン食べないで採血されたら貧血ですよ。普段も日常的に、いま地震?と訪ねてしまう程度にフラフラしてるので、まぁそんなこともあるさ。ここ何年かは献血断られているし。ひまになったら、検査してみるか。